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2017. 09. 24  
タイトルに惹かれて手に取る。
歴史家の磯田道史氏の本だった。

吉岡宿・・もしかして?
そう、この書が昨年映画化された『殿、利息でござる!』の原作である。

***
吉岡宿は仙台城下から六里ほど離れた宿場町
とはいえ、半農の家々で貧しい。
所拝領地となり、領民への手当てが行き届かない。
領内で参勤交代をしたり、伝馬役としての負担が重くのしかかる。
飢饉のたびに人が減り、疲弊していった。

そこで考えた。藩にお金を貸し付けて利息をもらおうと。
吉岡の民の為にと、質素倹約をして大金を貯めていたのが
十三郎の亡き父親。浅野屋甚内
遺言には、「手の及ぶかぎり、貧家孤独の人を恵んで助けよ。
そして貯めてきた銭は、この吉岡の宿がたちゆくよう使ってほしい。」と。
志を継いだ息子も、吉岡の宿の為に家財のほとんどを投げ出す覚悟をしていた。

数々の後押しに助けられ、これを成し遂げると、
藩から褒美をも民の為の救済に使ってしまう。

浅野屋は大金を使ったため商いの繰り回しが苦しくなったが
酒造のほかに質屋を営んでおり、極窮人にも丁寧に接し、貸していた。

『金は人が生きる為にある。苦しい時はおたがいさま』
窮すると思われたが、無私に徹すると道が開けてくるのだろう。
貧乏人ばかりでなく、筋の良いお客さんまでもが集まり返って繁盛した。

その噂は時の藩主。伊達重村にもおよび、領地巡視の際立ち寄り、
銘酒の名付け親になった。
酒は飛ぶように売れ、それからも私財を投じ、橋の修繕や
道普請を続けられた。

そしてまだ続きがある。
この九人衆の偉業を人前で語るべからずと
十三郎は弟の浅野屋遠藤甚内や子供達に残した。

「我が家が善行を施したなどとゆめゆめ思うな。
 何事も奢らず、高ぶらず、地道に暮らせ」


「これからも吉岡のために助力を惜しんではならぬ。
 商売がつづくのは、皆々様のおかげと思うて、日々人様に手を合わせよ」


こうして地道で正直な商売がつづき、他は絶えても生き延びた。
父の志を継いだ浅野屋遠藤甚内は、戒名に『居士』をつけたくないと言った。
僧侶が「天性謙虚」とあきれたという。
***

磯田氏も現代の国のありようを憂い、先人の生きざまを
そのまま辿った方がいいと思われていた矢先に知り得て執筆された。
磯田氏にして、古文書を読んで涙せしめた生きざまである。

史実に基づいているが、その時代考証の説明書きも入り、
とてもわかりやすく、読みやすい。

私もこれほどまで無私の心で他の為にと生きられた方が
いらっしゃったことに力を得た。
あと二方の生きざまも紹介されていて、この本に出会ったことで
最終移住先が遅々とし進まぬことも、時機をみるのだ!と思わされる。

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niko2smile39

Author:niko2smile39
☆苦しんでいる方々が笑顔を取り戻すお手伝いをさせていただきたい☆


子供が2歳半から一人親として必死に走り続けてきました。
どん底も経験しました
でも、神様は越えられない試練は与えない!と奮起して、皆様の愛に支えられて今日まできました。

一度に大勢ではなく、個々人と『愛』を持って大切に接していきたいと思っています。
苦しみを抱えた方々の、乗り越えた後の笑顔を見ることは、この上ない喜びです。

震災2か月前に関東圏から仙台に移住し7年、更に2018.4青森県三戸町に辿り着きました♪

虐待や親との確執に苦しむ子供たちの拠り所となる場を作りたいと思っています。
子供達が輝いて生きていけますように。

web site:『笑顔が一番♪』
http://niko2smile39.wix.com/lastleaf

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